
もしジャズに関係する仕事をするのなら、マイナー・レーベルのプロデューサーになりたいと思う。若い頃はジャズ喫茶のオヤジに憧れたこともあったけど、いくら好きな音楽とは言え、大音量で一日中聴いていられるものではない。渋谷のJAROみたいな中古盤屋も実に良いと思うけど、仕入れて売るのくり返しは飽きっぽい自分には続かないと思う。ほれ込んだミュージシャンの演奏を、こう聴きたいという音で録音して、世に出すプロデューサーは最高だ。でもそれを続けるのは、並大抵のことではないと思う。作品を出し続けないといけないけど、何と言っても資金繰りが大変なのだ。
澤野工房の澤野由明さんは大阪の下駄屋さんに生れて、高校時代にジャズに開眼した。大学に進んだときの、お父上の「アルバイト禁止令」が面白い。「安易にカネを稼いだらあかん、きっちり遊んで社会勉強して来い」。つまりは「遊ぶだけ遊んだら、家に戻ってしっかり稼げ」ということで、催眠にかけているようなものだ。お父上の目論見通りに下駄屋を継いだものの、やはりジャズマニアになっていた弟さんが、フランス人の奥さんと渡仏してプータローになってしまった。弟さんの仕事を作るために、レコードの輸出入業務を副業で始めたのがきっかけとなって、ついにはオリジナル作品を数多くリリースするまでになった。
レコードの輸出入を始めて40年、そしてレーベルを設立して20年(なんと!、下駄屋の副業ですぞ)。澤野商会をクルマに例えれば「広告なし、ストリーミングなし、ベスト盤なし」の三ない方針を定めた兄がボディで、「とにかく動き回っているのが楽しいし、自分で足を動かさないと新しい出会いってやって来ないからね」の弟がエンジンか。ほのぼのとした語り口調に、澤野さんの素直で温かい人柄を感じる。ミュージシャン達との交流や、業界の裏話など、ジャズファンなら楽しめるエピソードが盛りだくさんだ。(DU BOOKS disk union)