
交響曲第12番はレーニンに捧げられており、体制にすり寄ったプロパガンダ作品ということで、あまり演奏されないらしい。でも聴いてみれば、技巧と聴き易さの両面を備えた普通の交響曲だ。ショスタコーヴィチは若い頃から着手していたらしく、窮地に追い込まれたときの安全牌として手元に置いていたのかもしれない。この次の第13番は(あるはずもない)ユダヤ人迫害を取り上げて当局と揉めた勝負曲で、その前に恭順の意を示していたのか。その第13番はこのボックスには入っておらず、あくまで「当局寄り」のボックスなのである。
第12番は1961年、モスクワでのスタジオ録音。弦の音が弦らしく、カサつかないで鳴っているし、しかもステレオである。ムラヴィンスキーが当局の言うことを聞いてソ連製の楽器を買っていたら、こんな音で録音してもらえたのだろうか。聴衆にとっては、輸入品の楽器で演奏してもらった方が幸せだったろうけど。なにせいまいましいのは、「ソ連」である。
第15番は「ウィリアム・テル序曲」を始めとして、自作曲も含めて、多数の引用がされている。第9番まで書いたら死ぬと言われた?交響曲を、第15番を書くまで生き永らえた人生を振り返っているように思われる。だったら、最終楽章はもっとスケールが欲しいと思う。これはムラヴィンスキーの解釈でそうなったのか? こっちは1976年レニングラードでのステレオ録音で、音質は1961年のモスクワより格段に落ちる。