2022年03月30日

クラシックジャーナル047 クラシックCD 最終形態としてのBOX (アルファベータ)

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「クラシックジャーナル」という雑誌が出ていたとは、知らなかった。ぼくはお勉強のようにジャズを聴かようとするのは「スイングジャーナル」で凝りていたので、「レコード芸術」も買ったことがなかった。この号が出たのは2013年の4月で、クラシックのボックスものがばんばん出ていた頃だった。裏表紙にあるワゴンがタワレコに置かれていて、頬杖ついたトスカニーニはCDが84枚にDVDがついて1万円を切っていた。それを横目で見ながら「どんな人が買うんだろう、すごいなー」と思っていたのが、数年後にはヤフオクやamazonで各種ボックスを漁るようになっていたのだから、人生何が起きるか分からないのだ。さすがにトスカニーニとか、フルトヴェングラーの107枚組とか、バッハなど作曲家別全集などは買っていないけど。

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こういったボックスものを買った人の多くは、すでに長年クラシック音楽を聴いて来て、コレクションのLPやCDがボックスにかぶっていたと思う。この本の対談で「お祭りに寄付するようなつもりで買う」と言った人がいたけど、まさにそんなところだろう。激安にされて忌々しくもあるけど、まだ聴いてないのがあれば聴いてみたい。単品のコレクションを処分すれば、省スペースにもなる。著作権切れやネット配信で終わりを告げようとしているCD時代の、有終の美を飾るお祭りでもあった。そしてどうやらこの「クラシックジャーナル」も、この特集で「最終形態」になってしまったようだ。

ジャズの方はあいも変わらず、旧録音は単発のCDでだらだらと売り続けている。浮き沈みの激しいマイナー・レーベルが多かったこと、あちこちのレーベルに録音したミュージシャンが多かったことも影響しているのだろう。たとえば「ブルーノート 1500番台 コンプリート」とかをボックスで出してくれれば、その多くをすでに持ってはいるけど、「お祭りに寄付するようなつもりで」買うと思う。それはトドメを刺すことになるのか、有終の美を飾ることになるのか、どっちなのだろう。
posted by あおのり at 09:12| Comment(2) | TrackBack(0) | 書籍
この記事へのコメント
BOX物。10枚程度ならいいのですが、50枚、100枚となるとおそらく、買って置くだけになっている方が多数ではないでしょうか?

僕が持っているBOX物。ソニー・クラシカルのジョージ・セル49枚組が、唯一、枚数の多いBOX物です。このBOX、1〜49枚まで3回聴いて、後は、全然聴いていません。CD33のモーツァルトのヴァイオリンとヴィオラのための協奏曲交響曲 変ホ長調 k364だけは年に一度ほど聴くのですが。

それで、買うときは、「すっごく得した気分」だったけど、硬い紙のBOXを見るたびに、「なんか、勿体ないような気」がするのは、僕だけでしょうか?。
Posted by 藤井明彦 at 2022年04月01日 20:50
箱モノの良いところは、まるで興味がなかった作品も一度は聴くことになるところでしょうか。私はせっせと聴いて、好き嫌いをはっきりさせるようにしています。100枚のうち愛聴盤が5枚も残れば、十分に元は取れる計算になります。もう聴かなくてよいのを捨てて間引いていけば、使えるコレクションになると思うのですが、実行するのは難しいです。
Posted by あおのり at 2022年04月01日 23:51
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