
セルジュ・チェリビダッケ(1912〜1996)はルーマニアに生まれて、ドイツで活躍した指揮者。マルチリンガルでこだわりが強く、妥協を許さない態度で、毒舌でも知られた。いわゆる発達障害があった人なのだろう。抜きんでた才能のおかげで障害者にならず、「困ったちゃん」で済んでいた。この人のおかげで周りが困ることはいくつもあったけど、そのうちの一つが「めったに録音を許さない」だった。自分はホールの響き方まで計算に入れて振っているのに、それを民家の一室で、ちゃちな円盤と装置で鳴らされてたまるか、みたいな感じだったのだろう。テレビの収録を許していたのは、「これは実況中継であって、作品ではない」という理屈だったのか。大量にレコードを流通させていたカラヤンへの対抗意識があったのかもしれない。
生きている間は自分でコントロールできても、死んじゃったらしょうがない。遺族が許可(そりゃ、するだろうね)して、もとが放送音源だった録音などから、CDが作られて販売されるようになった。この「リスボン・ライヴ」もその一環で、もとはマニア必聴の海賊盤だったのが、正規にリリースされた。録音も非常に良いのが特徴で、安心してチェリビダッケのブルックナーに浸ることができる。だいたい80分くらいで演奏される曲が、チェリビダッケらしく100分以上いかけられている。ブルックナーが築いた大伽藍を隅々まで、じっくりとながめるような体験だ。最後の拍手がすぐに切られちゃうのが、ちと興ざめではあるけど。(Chelibidache Em Lisboa Anton Bruckner Symphony No. 8 1994)